20代から30代の働く人の悩みを解決するためのブログと時々エッセイ

エッセイ:仕事が全てなのは一部の人だけ

上京し働き出して4年。

「もうそんな年月が経ったのか…」とスーパーの厚焼き玉子をつまみにビールを飲みながら思う。

もう何十年も前から社会で働いている人からすれば「まだまだそう思うのは早い」と言われるだろう。しかし、僕にとっては“もう”なのだ。

我ながら“仕事”というものが、いかに厳しく、しんどく、怖いものなのかを見てきたと思う。「これが俗に言う社会の厳しさか…」という様に感じるのにも、そう時間はかからなかった。そして、できれば仕事で人と関わることを極力避けたいと思う。

最初の職は1年半しか働いていない。退職の理由は“心身ともにボロボロになってしまったから”である。

理由は、毎日のサービス残業、過酷な労働環境についていけなかったから。

土日は休みだったが、気の重い休みだった。

そう感じた日々でもしばらくは働き続けた。理由は「生活」のため。

「仕事が全て」ではなかった

FineGraphicsさんによる写真ACからの写真

仕事は収入を得るために必要なことではあるが、何でもか何でも「仕事だから」で済ませる時代は終わりつつあるのかもしれない。

働き方改革で残業こそ減った会社は多いだろう。だが、サービス残業によって評価を得てきた人たち、そのサービス残業者に頼っていた会社はかなり痛手を受けたのではないだろうか。

会社は利益を求めるものであるが、僕がいた会社は異常な程“仕事が全てで、人を本当にただの駒としか見ていない組織”だった。

幸い労働において大きな疾患を患うことなく退職したが、未だに一般企業で働く恐怖がぬぐえない。

そして、仕事を辞めてから仕事が全てではないことに気が付きました。

結論:割に合わない仕事を続けるのは難しい

「学ばせてやっているのだから」「権利ばかり主張するような人になるな」と言う様に、色々と文句を言わせないように先手を打つような方法を取っていましたが、やはり無理があったようで僕がいた1年半で15名ほど辞めていきました。

会社が人を雇うのは労働を買うために人を雇います。そして、労働者側もその労働を売るため雇われています。

会社側は「この人には金を払えない」と思えばクビにできます。そして、労働者側は「見返りがないな」と感じれば辞めていくこともできます。

だから、変に気負いなどせずにここで「ここで働いてもいいかな」「成長していけそう」「頑張れそう」と思えば働けば良いと思う。

もちろん、職を変えすぎるのも問題はあると思うけど、今の会社でめちゃくちゃ辛い思いしてるんだったら、こういった考え方もありなんじゃないかと思う。

“仕事はあんまり面白くないこと、辛いこと”と思っているなら、「仕事に一生を費やすのはもったいない!」と思ってしまうのは自然なことではないだろうか。

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